久しぶりの休日の隠れ家

かなりお久しぶり。

いつの間にか個人事業主となり、二足の草鞋を履いている。小売業と執筆業。

個人事業主とはいうものの、二足の草鞋とはいうものの、とくだん目まぐるしさはない。なんて言うと、人はそれでいいのか!?と思うだろう。でもこれだけはきっちり終えた。

「確定申告」。

ま、さておき、こんな暢気なことではいけないと、事業主としてさらなる成長を望んでいる。執筆もストップしていたが、こちらも本格的に再スタートさせた。どちらかに偏りがちな「仕事」も、できることなら器用にこなしていきたい。

ブログも「書くこと」をあらためて始めたので、できる限り書いていきたい。

少しは有益なこと書きたいな。

そうだ!二刀流を目指そう。時代の波にのっている大谷翔平だ。あやかって成功させようではないか。

やればできる。努力なしに手に入れたときの幸福感は味わえないだろう。時には流されることも必要。執着を手放すことも必要。

動かなきゃ、動かせない。世の中も未来も運命も。

なくて七癖

七癖、を考えてみた。

一 笑ってごまかす。

これすぐに思い付く私の癖。ついつい笑ってごまかす。いったい一日に何回やっているんだろう。笑

ニ 恥ずかしい〜と思うと、頭を掻く。

心の中で、しまった〜と思うとやってしまう。べつに頭なんかかゆくないのに。

三 緊張すると左の頬の上が痙攣する。

これって癖なのだろうか……

四 こう見えて(どう見えて?)笑い上戸。

くだらないことに反応すると「馬鹿ウケ」してしまう。

五 口の中をかむ。

あるあるの癖……

六 自分の世界に入りやすい。

これも癖なのかな?

七 ○○っぽい

これは致命的な癖かも。いずれこれに関しては書きます。

それにしても、けっこう七つも癖を見つけるのって簡単そうで大変だった。今回は(も?)このような内容で申し訳ないです……

本当に人を好きになると……。

思いやる余裕がなくなる。

優しくなれない。

どうしてどうしてと責める気持ちしかなくなる。

素直になれない。

可愛げなくてごめんね。

でも

ただ一つ、その人が嘘をつくような人ではないこと、真っ直ぐな人であることを心から信じると伝えたい。

そんなことを考えてみた雨の車ミラー越し

キミが忘れても私は忘れない。

ねぇ、キミとの繋がりもあと一日。楽しかった会話が嘘のよう。もうあの日々には戻れないのかな?

出会えたことが奇跡だったとキミは言ったよね。まったく接点のない私たちが、出会えたなんて。いまでも覚えてる。キミに出会ったあの日を。新幹線が私たちを引き合わせた。でも東京で会えることはなかった。

キミは私の前から突然姿を消した。

キミにとって私はなんだったのだろう。わかっているよ、わかってる。でもそれなら、初めから声なんかかけてこなければよかったんだ。

キミはいつまでも真摯に向き合ってくれると信じていた。なぜなら幸せだったから。何の繋がりもない4月から、私はキミを……

心の底からありがとうって何度も何度も思ったのは、キミとバスに乗り貸し切り状態で、町を案内してくれたから。

このまま時間が止まればいいって何度も思った。

もう会えないキミへ。

キミが忘れても、私は忘れない。

ありがとう。

ありがとう。

春、歩き出そうと思う。

最近、精神の浮き沈みの波が小さくなってきているからか、すっかり自分が障害を負っていることを気に留める習慣がなくなってきた。

浮き沈みは誰だってある、と思えてくるようになったし、最悪な時は一日中寝込んでいたがそんなこともなくなった。

ただ困ったというか残念に思うことは、精神障害者の立場になってものごとを考えられなくなったことだ。

文章を書く上で「こころに病を負った人たち」「こころの障害」を大きなテーマとして書いてきたからだ。

たしかに病院にも通っているし、薬も服用している。かなり量は減った。

まるで他人事のようになっている自分がいる。

それは私にとって、決してラッキーなことではない。

楽になったことは幸いなのかもしれない。いい人になるつもりはないが、自分も苦しんだ昔を思い出せば障害を負った人に、冷たい視線で見るのは嫌だと思う。

当事者だったから書けたことがたくさんあった。もちろんいまも当事者だけれども。意識が違う方に向かっていることはたしかだ。

でもどんな人間であれ、人は前進している。

目の前や周りの景色が変わって当然だと思う。いつまでも同じ場所には居られないのだ。

春、だから私は次に向けて歩き出そうと思う。

この世でいちばん大切なこと。

ちょうど一年前、平和を願って友達がこんな文章を送ってくれました。

以下、その文章です。

この広大な大宇宙の何億年やら、何十億年やらわからない無限の時の流れの中では、神から見れば人間の一生などほんの瞬きする間ぐらいなものだ。

その限られた時の中で一人の人間が出会うことのできる人間の数もまた限られたものだろう。偶然にも同じ時代の同じ場所へひょっこり生まれ合わせた者同志。

それが憎んだり憎まれたり、嫌ったり嫌われたりするということは、なんという小ささだろうかと思わないか?

とうてい世界中の人間と知り合うことなど人間の一生の間にできることではないのだから、せめてこの会い難い世に出会った同じ時代の人間は、他人のためにも自分の為にも互いに真心を尽くし合っていくべきじゃないのかな。

そうすれば、自分が出会った人々すべてに微笑みかけられないなんてことはないだろう。

“天地一切のものと和解せよ”

というのは、なにも難しいことではない。

こういうことなんだよ。

☆☆☆☆☆

私はこの文章がとても好きというか、胸に刺さりました。

難しいことじゃないんですよね。そう思いたいです。

私の人生のそばにあったもの。

バッハ 前奏曲ハ長調 BWV 846 LANG LANG

今、あなたが音楽が聴ける環境にあるのなら、この美しい曲を聴きながら、癒されてくれたら嬉しい。

ピアノの「旧約聖書」とも言われるほど鍵盤楽器奏者にとって重要なバッハによる作品集の第1曲です。

流れるような曲を聴きながら、私の駄文をお読みください。

私が物心ついた頃から、いつもそばにはピアノの存在がありました。

明治生まれの祖母がまだ生きていた頃、家でのピアノの指導はいつも祖母がしてくれていました。

祖母は山口県の有名な女学校で、外国人の先生にピアノを習っていました。そのためか、ピアノは90歳近くまで楽譜なしで弾いていました。

私にはそれがなんの曲なのかわからなかったし、祖母に聞いたとしても、おそらく祖母も曲名も何かもわからないままに、弾いていたかもしれません。

そんな祖母が亡くなり、私も実家を出て、誰も触ることのなくなったピアノは、両親が家を引き払うこととなったと同時に、ピアノも売りに出されました。

私はとてもショックだったのを覚えています。でも祖母がいなくなって、ピアノを弾けるのが唯一私でしたので、家に居なくなった私には誰を責めることはできませんでした。

現在(いま)大事なピアノは、美しい音色とともにそばにいます。

多くの美しい曲を新たに教えてくれたあなたに感謝して。

同志であること。

同じ目標を持つ同志。

私はどんな繋がりよりも、「同志」であることに強い絆を最近感じる。

それは、いまの私にとってとても幸せなことだ。

「同志」がいてくれるだけで、どれだけ私は心強いか。

そして同志である人は、私に多くのことを教えてくれる。

「ついているから大丈夫!!」

「あなたの成長がわたしの楽しみ」

この言葉で私は充分生きていける。終わりはもう考えない。考えたくない。

お互い多くのことをやって生きてきた。私たちは罪なこともバカなこともしてきたのかも知れない。

でもそれで今の二人に縁があったとしたら、私は神様に感謝したい。

そして私は、いまいる同志を誇りに思う。

たとえあなたが去って行っても。

このタイトル、松任谷由実の歌のタイトルです。

あなたならどうしたか

あなたならどう言ったか

迷った時は何処かで問いかけるわ

松任谷由実 ”たとえあなたが去って行っても” より

この部分の歌詞が私は好きでつい一人の時歌ってしまうことがあります。

なぜ今この歌なのか。

まさに、自分の中から溢れるものを生きてみたいから。

たとえあなたがいなくなったとしても。

進むべき自分の道に。

海原に航海の旅へ一人出る感じ。そこに幸せがあるかどうかわからないけど。

誰もがそんな時って来るんじゃないかな。旅立つ時が。

全てを捨ててもいいくらいに。

そして、たとえあなたが去って行っても。

フィクションかもノンフィクションかもしれない話。(11)

「あけろよ!」

怖い。警察に電話しよう。握りしめた携帯で110番通報した。

「いいから早くあけろ!」

今度はドアを蹴ってきた。

どうすることも出来ず、仕方なくドアを開けた。彼は案の定部屋へ怒鳴り込んできた。

しかし、彼の横柄な態度に、だんだんと頭にきた私は、思わず怒鳴り返し、頬を引っ叩いた。

彼はさらにキレた。私の頭を殴り、ベッドに押し倒し、首を絞めてきた。

殺される……。どうなってもいい。私ももうまともでなくなっていた。

「殺せばいいでしょ!」

「心配するな。この程度じゃ死にゃあしないよ」彼はそう言って鼻で笑った。

すると、家に警察官が来た。

私は警察官に「この人を訴えたいんです」と言うと「事情は署で聞きます。あなたはいいですか?」彼に動意を求めると、「はい、構いません」彼は淡々と言うと、私と彼は別々に話を聞かれることになった。

私はマスクをし、警察へ行った。警察署のフロアの奥にある狭い一室に通された。年配の警察官と女性の警官が私がまるで、悪いことをしたかのように冷ややかなな質問をしてきた。