「ここぞの時の服」のはなし。

勝負服という言葉が出た時代がありましたよね。私が覚えている限りでは、国会議員がここぞの時に着る服の色が「赤」だったり、「白」だったり。

洋服にまったく無関心、というか興味がない人も多いと思いますが。

私も実は興味はあっても、ほとんど洋服のセンスのない人でした。

そんな私は「洋服」というものは一つの「鎧」という感覚があります。「ここぞの時の服」それと「身を守るための服」です。

やはり、そういったところは「勝負服」と似た感覚があります。

今日は大切な人と会わなくてはならない。大勢の人の前に出なくてはならない。私はそういった時に困らないよう、「鎧」は常に用意しています。

それは「ものがいい服」。その人のワークスタイルなどにもよりますが、多少高くても1着はあるといいと思います。いくさに行く場合はいい服を着るととても気分がいいです。

ただ着飾るだけではつまらないです。TPOをちゃんと考えているか、あと私が一番大切にしているのは、お会いする相手がどのような人かも考えます。

これはとても大事です。自分だけ着飾っってきても、一緒にいる人に気分を害する、もしくは相手の方を恐縮させてしまったら申し訳ないですよね。

相手の方を立てるところはちゃんと立てて、失礼のないような洋服を常に準備しておくと安心です。

だからと言って、たくさんの洋服を用意する必要もないと思います。もののいい洋服だったら、1着でもあれば、何度着てもいいと思います。

そうしょっちゅう、戦いの場はないと思います。笑

仮に「あ、この人また同じ服を着ている」と思われたとしても、「いいもの」とは意外と他人にも分かるものです。戦えます!

少々値のはるお値段でも、気に入っていれば毎回「ここぞの時」に着たとして、じゅうぶん元が取れるのではないでしょうか。

アレキサンダーマックイーンの上下です。

これはイタリア製の洋服でもう10年以上は経っている、たしかなものです。それでもとても気に入っているので、2年ほど前オペラを初めて観に行った際に着た服です。

今日も読んでくださり、ありがとうございました。

午前中が勝負のルーティンワーク。

朝を制すものは、1日を制す

生産性 という言葉を本で多く見たのはいつの頃でしょうか。いま本屋に行くと 思考、思考、思考 が多いです。

もちろん「思考」もいいのですが、私は今でも「生産性」です。

なんだかよくわからないと思うので、上に画像を貼りました。

生産性は、朝が勝負です。

これらは痩せるために朝のルーティンとして使っているものです。(ですが、私の場合心身ともに波がある人間なので、大きな声でルーティンとは言えないのですが)

左の写真。これはとにかく絶好調の時に使って体をほぐしたり、体幹を鍛えたりしているもの。ポールとマッサージローラー、ダンベル。緑のボールは壁と背中にこれを挟んでグリグリすると気持ちいいです。

ポールは腰が痛い時、4、5回ゴロゴロ腰を当てただけで凝った腰の痛みも治ります。

精神的に調子がいい時は、このほかにも開脚クッションで脚を広げたり背筋をストレッチするボードを使っています。私を知っている人は意外かも(意外といろんなもの持っていた。笑)。でも体型がまったく追いついておりません。

これらは、あくまで朝!気分が絶好調な時に使います。

精神的に調子悪い時は、無理にはしません。

なぜかというと、家庭の事情で朝がとっても早いので使える時間はいっぱいあります。朝にこのようなことをすると次にやることがスムーズに、しかも使える時間が充実することによって気分が良くなるのです(ここ私的に大事)。

昔、私も夜型人間でした。でも夜遅い六本木を朝まで連れ回されているうちに、体調を崩しました。どんなに若くても、夜型は決して良くないですね……。といっても、いまだに夜遅くまで起きている時あります。

話戻すと、次に大好きな花を眺めて、さらに気分良くなった後は今日の予定をチェックして(なんだかいっぱしのビジネスマンですね。でも忘れっぽいので)パソコン開いてSNSチェックして、それでもだいたい8時前後です。

とにかく午前中の使い方が勝負です。こんな感じで午前中が過ごせると、生産性もアップします。

言い忘れていました。「早朝、愛犬散歩」です。でもこれからは、朝焼けが気持ちよくなりますね。暑くなるとうちの子大変。フレンチブルドッグなので。

ところで生産性の話。思考と聞いただけで少々苦手意識を持ってしまいます。ロジカルシンキングとか。思考のお話、またblogに書きたいと思います。

プライベートな「仕事空間」。

雨の降る日は、私にとって嫌な日にもなったりします。女性にとってそのような話、よく聞きますね。人それぞれだけど、最近話した女性も雨の日はつらいと言っていました。

その時の気分によりますが、窓から見る雨や樹々の匂い、夜に見る濡れた石畳、それらは癒しも与えてくれます。

これはプライベートな仕事場でもあり落ち着く自分だけの「空間」。雨の日だからに限らず用がなければ、たいていここで原稿を書いています。要は、あまり人に見せる場所でもないかな、とか思ったり。

ものは置かないようにしています。机が物で溢れてしまうと、やる気が出なくなってしまうのです。

ちょっと前まで、花で溢れていた机も今はやっと落ち着きました。私にとって精神的なものもあり、インテリアや花を飾ることもそうだし、部屋の香りもそうだけれども「空間」というのはとても大事だと思っています。

間接照明は好き。自分が常にいる場所にあるものは、間接照明かな。

むかしよく行っていたお店で、六本木の東京ミッドタウンに「和」の雑貨や家具などを取り扱っていたTHE COVER NIPPONという店があ利ました(調べたらまだありました)。そこで私がものすごく気に入ったのは「和屏風」でパーテーションがわりになるから、当時すごく欲しかったのですが、周りにいいこと言われず諦めました。そこは特に家具もおいてあって見ていて飽きない店だったので、和雑貨などのインテリアがお好きな方はぜひ。ちなみに、私が買い物していたら、突然草なぎ剛さんが足早に入ってきて、店員さんに何か聞いていたかと思ったら、また足早に去って行きました。

何はともあれ、私はどうしても「屏風」が欲しかった!今でもそれに合う部屋に住めたら、また考えたいです。

それから、どうしても欲しくて買ってしまったゴールドのトランクです。トランクといっても、持ち運びのできるものではなくて、家に飾っておく重いものです。◯5万円で買いました(今なら絶対買わない)。

誤解されないよう伝えておくと、これらは全て私が働いたお金で買ったものです。

あまりにも高かったので、大事にしまってあります……。こんなもの買って!!と、周りには言われました。若かったなあ。

あと当時欲しかったのが、大きな金のブタの貯金箱。お金溜まりそうだったから。それに当時のマイブームが金(ゴールド)だったから。ブタ買えなかったからお金貯められなかったな(そんな理由かい)。今でもよく言われますが趣味が変わっているようです。

大きなブタでゴールドの貯金箱の置物を見た方は教えてくださると嬉しいです。

と私はもうものは増やしたくない主義に変わり、今必要なのはmoneyですね。この歳になると。近々また余裕ができたら、今度は投資のお勉強をしたいと思っています。

真夜中のたわいもない、眠れない時の話。

今日は、真夜中にブログを書いてみようと思う。読んでくださった方に、何か参考になることを書きたいといつも思っているのだが、だらだらになってしまった。すみません…

原稿を夢中で書いていたり、焦燥感の中で書いていると、眠れなくなる。それはよくある話かもしかもしれない。まさに今の私があそれであって、眠れないので、またまたLang Langのバッハやベートーヴェンを聴いて心を落ち着かせている。

そんな曲を聴きながら、思い出した。小学校の頃「エリーゼのために」は私にとって正直苦痛な曲だった。小学校もしくは、割とピアノ初心者が習うイメージがあるけど、私が習ったピアノの先生は「エリーゼのために」は子供には子供の良さ、大人が弾けばまた違う良さが出てきます。と教えてくださった。本当にその通りだと思う。好きになれなかった曲ではあるが、この歳になって、素敵な曲だったなあと素直に思う。まあLang Langが弾いていたから、というのはあると思う。

それにしてもまだ眠れない。

<そんな時落ち着かれる方法>

1、そんな時は、まず私は文章をとにかく書く。文章は短いセンテンスで、心にダイレクトに届く言葉選び。実は受け売りだけど、これって大事だと思う。

私はいろんな本、または雑誌、を読んで、閃いたことを忘れないうちにすぐにエバーノートに書く人。(でも、GmailやTwitterに連携させてしまったせいか、ものすごい量のノートになってしまった。消すに消せない。よっぽどの時間と無心になりたい時じゃないと消すに消せない)

でも、結局紙の方がはやい。とにかく、速攻で書くことが大切だ。すぐ忘れるから。

夜中にすることといったら、本だろうか。もちろん眠れない時に私は読んだりする。そのうちウトウトしてくる。かと思えば、目の前にある本が、目に付く。

先日、目の前にある本棚に本が美しく並ばないほどいろんなジャンルの本が増えてしまったので、古本屋へ売るために、もう読まないであろう本を袋に入れていった。

  • 小説(村上春樹著文庫本、紗倉まな最新本「春、死なん」etc.)
  • ノンフィクション(沢木耕太郎/ 佐野眞一「唐牛伝」/カラヤンなどが出てくる「巨匠の神話」etc.)
  • ビジネス書( 現在も発売している「コロナショック・サバイバル日本経済復興計画」etc.)
  • エッセイ本

他色々あったけど、忘れてしまった。

意外?だったのは、紗倉まなの文学的小説で、あまり高値では売買されていないようだった。私はさっと読んですぐに売ったので、状態は新品同様。でもあまり高値はつきませんでした。

など、処分したのだが、この中で一番売れたのは「佐野真一著 唐牛伝」だった。単行本で、本の状態も良かったからかもしれない。面白かったから、売るのに迷ったけど、結局売った。ビジネス書は、落合陽一あたりはちょっと高めだったような気がする。確か。

本を売ると、また本が見たくなり、丸善へ。最近、買う買わないに限らずビジネス書はチェックしている。「思考」と名のつく本は多い。それから「アート」。ものすごく分厚い本で、2,800円の本がたしか2冊あった。「独学」と「365人の仕事の教科書」だったかな、とにかく分厚いけど、ビジネス書も意外と日常にヒントをくれたりするので、最近見ている。

それから、「東大思考」という本。買ってはいないが、たしかダイヤモンド・オンラインで読んだ記事に書いてあったのは、東大に入ろうとしている人は参考書買わないらしい。小学校で学んだことを応用させるという。世界史なんて、たとえば17世紀だったらその頃の時代をおおよそ頭に入れれば、高校の教科書で勉強するだけで十分だそうだ。なるほど〜、とちょっと納得。その記事では面白そうだったが、本を買うまで行かなかった。

と、だらだら夜中に書きました。

眠れない夜の時、人は何をして深夜を過ごすのか。深夜を充実させる本。あ、なんかそんな本はどうだろうか。笑 

真夜中に文章を書くと、興奮とその後の睡魔で、読み返すため、今の時間の公開となってしまった。

そうこうしている内に朝になってしまった。

そして、メルカリ。

ついに、メルカリでモノを売ってみた。面倒そうなのでなかやる気にならなかった。わたしは精神的に気分が悪くなると、物欲というか、モノに対しての執着がなくなって、周りにモノがあることでさらに気分が悪くなる。これはいいことだが、調子が悪いのだからあまり歓迎しない。で、調子が良い今の時期に売ることにした。わたしが出品するものは、洋服が主。もうわたしの年齢的にも体系的に似合わなくなった服が、いまだにクローゼットを占領していた。

それにしても、思う。「モノは少ない方がいい」と。どこかに行かなくてはならない時がいつ、どんな時に来るかわからないし。

さっそく試しに売ってみたのだが、お金儲けのための値段をつけると売れないことがわかった。ジャンク品扱い程度の金額をつけて出品してみた。いきなり質問が3件ばかりきた。すぐに売れるのかと思いきや、しばらく携帯は静かだった。3時間ばかりで、買い手がついた。

でもストレスになるくらいなら、いっそ売ってわずかなお金でもなる方がいい。いや、わたしの過去の服やら靴は「それなりの値段」がしたモノが多いのに、10年も経てば、二束三文なのである。だが、欲をかいてはいけない。

それより、感心したのは、このメルカリのシステムを考えると、キャッシュレスの時代なんだなあと、つくづく思った。スーパーもそうだ。ポイントカードをつくって、地道にポイントを貯めてそれが現金として使える。

なんとなく、メルカリのシステムって、ヤフオクの欠点をついて出来た感がある。

そしてわたしは、ダイソンのドライヤー5万円なるものを購入した。現金は使っていない。売ったお金で、購入した。ちょうどドライヤーが壊れていたので、よかった。なかなか良いものを買えたと思う。現金だったら、買わなかっただろう。

それにしても、「財布持たずにキャッシュレス(?)」なんてかっこいいし、「忘れるときは出かけずに(古い。あれ?出かけるときは忘れずに?)」なんてキャッチーだったと改めて思うけど、まだまだ現金は手放せない。

私は、意識高い系。

つまり、虚栄心が強い。

そう、私は自分を俯瞰することもできる。なんて言ってみる。

ただし、私が伝えたいのは「ハマる」ってことで、一つのことをどれだけ知ることができるかであり、付け焼き刃なんかじゃなく、難しい言葉使って分かったフリをするわけでもないのですね。

優しい言葉でわかりやすく伝えられるか。

以下の内容は、「いま意識高い系である私」が語ること。いま、私は原稿を書くために、世の中面白いことないかな、と内容もおぼろげにビジネス書をパラパラと常にめくっている。そんなことが楽しい。要は、人がどうしたら「楽しいこと」を見つけらるか。

楽しいこととは、「仕事の効率性」だったり、「遊びの充実度」だったり、「学びのセンス」であったり、つまり「人生を豊かにする」にはどうしたらいいか、考えるのです。人の受け売りでも、最終的には私が考えなければ説得力はありません。

私に何ができるだろうか。

創造の世界、新しい何かを考えることは、とても楽しいし、大事なことだと思っています。好きなことやってるんだからラクなのかと言えば、それはまた違うんですよね。ただ、どんなに大変なことでも、吸収できるんです。好きなことに「ハマる」のは、いくらでも、深く深く掘り下げていくことができるのです。

あ、でも私はビジネス書を書いているわけではなく、ビジネス書で得られた知識を、「何かの場面、もしくは分野で活かせないだろうか」と考えています。「創造」するということはとっても楽しけど。

「創造する」ためにはもっともっと、その「何か」に焦点を絞って。貧欲にむさぼらないと。深く深く掘り下げること。

これからは少しは人のためになること、書きたいね。

花をあしらう。

花は大好きで、どんな花でも、家では目につくところに置いておく。たいてい机の上。

前に、新宿伊勢丹のリビング階にお花を売っているコーナーがあって、しかも店員はイケメン揃い。これって戦略じゃないのかな〜とか思いながらも、伊勢丹行くたびによく1,000円2,000円で買える旬の花を選んでもらっていた。けっこう通ったから、顔も覚えられてしまっていた。

でも、しばらく行っていなかったら、その花コーナーは、イケメン共々消えていた。とても残念だった。イケメン店員のことではなく。

むかし私が勤めていた会社を辞めるときの送別会で、花束をもらった。すかさず男性社員が「花束もらって嬉しいの?」要はこの人が言いたかったのは、「花束なんかで嬉しいの?本当は物の方がいいんじゃないの?」ということだった。皮肉の入ったことばを言ってきた。

何言ってんだか。嬉しいに決まってるじゃないの?ん?決まってなんかいない。たしかに「花をあげれば女性は喜ぶ」とは、いまでいうジェンダーの視点に触れるのかな。身近な話。

でも、今は便利。花を自宅まで届けてくれるのだ。一回1,500円〜で2、3本のお花をポスト投函してくれる。私なんかは、机にしか飾らないので、これで十分。いまでは、そういったサイトがいくつかあるので、お試し中。

もちろん、お花の質も良いです。