あなたには困っているときに正直に言える人がいるだろうか……。
自分の一番ダメ、と思っているところを見せられる人がいるだろうか……。
Nがなぜこの世界で働き始めたのか。今回はその話をしてみようと思う。
Nが働いていたのは30代の頃。店からは、年齢を聞かれたら27歳と言ってくれと言われていた。7、8歳ばかりサバを読んでいた。
なぜNは風俗を選んだのだろうか。お金のため?生活苦?
そういったことではなかった。Nが選んだのは心理的なものだったのかもしれない。
心理的なものとは。
Nにとって裸になるということは、心の中を見せることでもあった。
決して辛いことではなく、男と女の二人だけの空間で、自分の全てを曝け出せること。それは「心の解放感」そのものだった。
Nは会社員として働いたこともあった。だが、組織に馴染めなかった。自分を縛り付けているものは、表面でいい顔をしている上司であり、同僚だったのだ。そんな表社会から裏社会へ行けば、自分の周りの何かが変わる。
飛び込んだ世界に間違いはなかった。
風俗で働くということを決して、恥ずかしいとか、惨めだと思ったことなど一度もない。
Nを「縛るもの」は何もなかった。
お客さんが楽しんで帰ってくれればそれでいい。性欲も性癖も全て自分に見せてくれればそれでいい。仕事は楽しかった。ただ一つ難があるとしたら、それは体力だった。12時から23時を過ぎるまで働いたNは3度も体を壊したことがあった。はじめて過労で入院した時は、死ぬことも考えられたと医師から告げられた。
それでもNが仕事を辞めなかったのは、お客さまに対する使命感だった。
「指名してくれるお客様がいる限り辞める訳にはいかない」
五反田の街のサラリーマンの視線はいつもNに向けられている……ようにNは感じながら、ホテルへと向かうのだった。
