Rhapsody in Blue

Rhapsody in Blue

私はこの名前も曲も好きである。「Bleu」が好きだから。現に今も聴きながらこの記事を書いている。

私がこの曲に出会ったのは小学生の頃、祖父が買ってきた「リチャード・クレーダーマン」のカセットテープで、彼の名作「渚のアデリーヌ」はもう有名な曲だが、私は何故か「ラプソデーインブルー」に惹かれた。

最近では、「のだめカンタービレ」で使われるようになって、ある意味代名詞になっているようだが、私はその方があまり聞いたこと、観たことがなくて、機会があったら観てみようと思う。

Rhapsody in blueは多くのピアニストが弾いているが、YouTubeで見た限り、いいと思うアーティストは「ユジャ・ワン」は彼女にお似合いの曲のような気がする。そしてもう一人、やはりこの方「レオナルド・バーンスタイン」自身が弾くRhapsody in Blue。さすが安定の演奏である。

この曲、弾く人によって所々違う。このblogではもうお馴染みのLang Langですが、この人の演奏は所々彼のテクニックが織り込まれている。これもこれでいいと思う。

演奏者ならではの音楽を比較することは楽しい。

私はこのRhapsody in BleuでCD3枚は持っていて、ラフマニノフのCDは5枚持っている。

美しい曲は、誰が弾いても美しい。必ず、泣かせてくれる山場がある。

ラプソディは「狂詩曲」。美しいだけが泣けるわけじゃない、のが私の持論。

ちなみにこうやってblogを書いていると、おそらく見ず知らずの方が、読んでくれているのは確かである。クラシック好きの方にこのクラシックに関して、興味を持ったり、好きでこのblogを読んでくれる人がいたら、最高だと思う。

また好きな曲があったら書きます。

小休止、あなたを癒してあげたい。

バッハ 前奏曲ハ長調 BWV 846 LANG LANG

今、あなたが音楽が聴ける環境にあるのなら、この美しい曲を聴きながら、癒されてくれたら嬉しい。

ピアノの「旧約聖書」とも言われるほど鍵盤楽器奏者にとって重要なバッハによる作品集の第1曲です。

流れるような曲を聴きながら、私の駄文をお読みください。

私が物心ついた頃から、いつもそばにはピアノの存在がありました。

明治生まれの祖母がまだ生きていた頃、家でのピアノの指導はいつも祖母がしてくれていました。

祖母は山口県の有名な女学校で、外国人の先生にピアノを習っていました。そのためか、ピアノは90歳近くまで楽譜なしで弾いていました。

私にはそれがなんの曲なのかわからなかったし、祖母に聞いたとしても、おそらく祖母も曲名も何かもわからないままに、弾いていたかもしれません。

そんな祖母が亡くなり、私も実家を出て、誰も触ることのなくなったピアノは、両親が家を引き払うこととなったと同時に、ピアノも売りに出されました。

私はとてもショックだったのを覚えています。でも祖母がいなくなって、ピアノを弾けるのが唯一私でしたので、家に居なくなった私には誰を責めることはできませんでした。

現在(いま)大事なピアノは、美しい音色とともにそばにいます。

多くの美しい曲を新たに教えてくれたあなたに感謝して。

LangLangの幸せにするパフォーマンスの考察。

前回の「オタク化しそうな人。」でのピアニストLangLangのゲーマー説、これより深いものに気づきました。

下にさ、LangLangのラフマニノフの動画を貼り付けました。これを観てみていただけると、彼がどんな人かちょっとわかります。笑

ちなみに、LangLangを知っている方、もしくは、全くクラシックに興味ない方、は観なくても大丈夫です。もちろん、読んでいただけるだけでもありがたいです。

さて、またまた考えたのですが、LangLangは以下の傾向が強いことを考えたのです。

彼の演奏する姿を観て「たくさんのドーパミン」が出ていることに気づきました。

とはいえ、わたしは心のことなら少しわかるのですが、脳の方は詳しい知識はありません。あくまでも私が感じ考えたことです。

ピアノを弾くことで、彼は脳から出る神経伝達物質のドーパミンがたくさん出ているのではないでしょうか。彼のパフォーマンスを観ることで、興奮し、気持ちを幸せにさせ、ポジティブにさせ、意欲的になる一連の動きがあるのかもしれません。これはドーパミンの特徴だそうです。

ただし、「この彼に対して好意的でない感情」がある場合、クラシックに興味ないなど、そのような場合この動画は合わないと思います。「ドーパミン」は共有できるものなのでしょうか。それは分かりませんが。

ということは、LangLang自身演奏している時は幸せに尽きるのでしょう。それは、この動画に限らず他の曲でもわたしの考える「ドーパミン」傾向が見られました。例えば、彼が特別なものとしている「ベートーヴェン」の曲でもそのような姿が見られました。彼がYouTubeでとても好きだと言っていた、ピアノソナタ23番「熱情」やピアノ協奏曲第5番「皇帝」の彼の表情に笑顔が見られまます。「熱情」はわたしも大好きな曲なのですが、笑顔とあの曲のイメージとピアノの弾き方に違和感感じました。でも、彼にはピアノを弾くことで得るものは最高の興奮と快感なのではないかとも思いました。

わたしが知らないだけで、このようなアーティストは多いのかもしれません。

つまり、オーバーアクションも彼がピアニストとしてのモチベーションを保つためのものなのかもしれません。とはいえ、クラシックは芸術であって、感じ方は人それぞれなのです。LangLangが受けつけられない人がいて当然だと思います。

わたしも何故ここまでピアニストに関し一生懸命考えたのか分かりませんが。笑 わたし自身は、彼のオーバーアクションに惹かれるものがあったのかもしれません。

と、最後にこれを書いているわたしも好きなクラシック、特にピアノに関して書いているいまこの時も幸せを感じます。ですが、ピアノと違い、文章を書くことは最終的にわたしの苦手とする推敲があるので、快感で終わらせることができないのが、芸術と違うところなのでしょうか……。

いえ、実は文章もそうですが、会社の経営に、芸術の美意識が必要と言っている本もあります。

今回のLangLangに関してわたしが考えたことに、何かございましたらぜひ教えていただけると幸いです。

それはいずれまた。長くなり失礼しました!