女の子の仕事の流れはその子のモラルによるのだろうが、Nにとってお客さまは高額なお金を払って指名してくださる大切なお客さまだ。
「所作は美しく」がモットーだった。
まず部屋へ入ると、大抵のお客さまは靴が揃っていないことが多い。それをNは丁寧に揃える。
お客さまへは正座をし、丁寧にご挨拶。それから事務所へ電話をする。電話ももちろん丁寧に「Nです。〇〇さまのお部屋に着きました。失礼いたします」と事務所へ到着の報告をする。
それから支払いが現金の場合はここでいただく。しかも両手で受け取ること。Nにとって、この現金がなぜかとても重みを感じる。なぜだろう。高額だからではない。それもあるかもしれないが、高額以上に、このお金で遊んでいってくださる方に対し、ただ仕事としてではなく、自分を指名してくださったことにいかに溜まっているものを吐き出していただくか、プレッシャーを感じたりもする。
これは店側の話だが、お客さまが必ずしも女の子を指名するとは限らない。店の勧めで推す場合もある。こればかりは、店側の話なのでここでは深く話さないが。
そして今回のお客さま。
話を聞けばITのベンチャーのようだ。さいとうさま。メールアドレスを教えてきた「さいとう」という源氏名をよく覚えていた。しかも、さいとうはNにこんなことを言ってきた。
「島へ行こうよ!持ち物は水着とパスポートだけでいいからさ」
「え?」戸惑うNに、さいとうは
「毎年職場の仲間で行ってるんだ。お金のことは気にしなくていい」
「……」
本当か嘘かわからない。しかも店から女の子と外で会うことは禁止していることを聞いているはずだ。
「仕事何時に終わるの?終わったら食事に行こうよ」
お客さまと仕事の外で会うことは禁じられている。いや禁じられていたはずだ。だがNは冷静にさいとうの本心を探りたくなった。
その夜、さいとうは銀座の夜景が綺麗なホテルのラウンジにNを連れていった。食事をした後、ソファでいろいろ話をしたがこの男性の話は全くと言っていいほど覚えていなかった。
なんというかそれくらいNにとって「人間味」に欠ける人物だった。
Nのお客さまは大抵彼女に素の姿を見せてくる人がほとんどだ。願望や欲望、傲慢さであったり、時には愛情を求めてくる人であったり。プレイだけでなく、Nにとってお客様と会話をしているとそういったお客さまの「人間味」を「肌で感じる」のだ。
どんな人物であっても、Nにとって愛おしいとお客さまに感じるときが、この仕事をしていてよかったと思えることだった。
だが、さいとうにはそんな人間味が感じられなかった。プレイしているときもそう。全く楽しそうでもなく、したくてしているように見えない姿にこの男は何を求めてここへやってくるのか。Nには理解できなかった。
「次の日仕事があるんだ。お台場のホテルに泊まるけど一緒に泊まらない?」
「私、彼氏が待っているから帰らなきゃ」
「彼氏がいたの?それ早く言ってよ。誘わなかったのに」
「そうね。言えばよかったわね……」Nはそう呟きながらその場を去った。
案の定だった。Nにとってこういう男がどれだけつまらないか。
それからさいとうから指名はこなくなった。
記憶から抹殺したい残念な「お客」だった。
