夜の蝶Nの回顧録。(3)〜鞭〜

今回もちょっと癖のある常連さまのお相手だった。

コスプレ好きの男性(ここでは)は多いと思う。例えば、よくあるコスプレではセーラー服やレースクイーンのあのボディコン姿。Nのお客さまでは白いブラウスに黒いスカートを持ってくる男性もいた。女教師のコスプレだ。

男性は「視覚」で興奮する生き物。実際、お客さまからガーターベルトをつけてきてほしいと言う要望も多かったのだ。Nたちは常にガーターベルトを着けるよう店から言われていた。

だが、この常連さまの好きなコスチュームは「乗馬スタイル」だった。

お客さまはNに会うなり本格的な乗馬のブーツとヘルメットそして鞭を大きなバッグから取り出してみせた。

Nは興奮した。なぜならNは縛られることが好きで、鞭で打たれることは他の仕事でもしていたからだ。

「君は身長何センチ?」

「165です」

「そうか……」

お客さまはそう言うと、どこか残念そうに乗馬ブーツを見つめ考え事をしていた。

Nは不安になってきた。お客さまに楽しんでいただくために、どうしたらいいか。とっさに考えた。

「あの。鞭、素敵ですね。本物の鞭初めてみました。触ってもいいですか?」

この革の感触がなんとも言えない。Nはそう思いながら興奮し、これから起こることを想像しながら楽しげに遊んでみせた。

「そうか。鞭まだあるんだ。今度君に持ってくるからあげるよ」

「本当ですか?!嬉しい!必ずですよ」

「ああ、もちろん。次も指名するから。その時にね」

Nは本気で喜んだ。

そしてお客さまはNに乗馬ブーツを履かせヘルメットをかぶせた。しかし、どうしたものかNは様にならなかった。様にならなかったのか、そう見えてしまうのか、わからなかったが。

どこがおかしいのかしら。Nは鏡を見ながらどこか不格好な姿に自分でも嫌になった。

そのお客さまは好みである乗馬スタイルのNに不思議なくらい何もしてこなかった。

興奮しないのかな。この格好が好きな方なのでは?

しかし、お客さまは陽気な方だった。よく喋った。Nも話しに夢中になり、それで終わった。

後日、Nはどうしてもあの「乗馬のお客さま」が気になって仕方なかった。何もしないお客さまなんてよくいること。でも腑に落ちなかったのだ。

ほとんど休憩時間もなく、事務所に帰ることもない程忙しいNに、やっと女の子たちのいる部屋へ戻ることができた時、ある女の子がロッカーを開け着替え始めたその瞬間「あっ」。Nは見た。

鞭だ!Nが欲しがっていたあの鞭。

あのお客さまはNではなく、この女の子に鞭をあげていたのだ。その時気づいた。あのお客さまが身長を聞いてきた時の表情。そしてそのロッカーの持ち主だった女の子は「小柄」だったのだ。

お客さまにとって、どうやら「小柄の女の子」がお好みだったらしい。

2度と、Nにそのお客さまからの指名はこなかった。あれだけ指名してくれると約束したのに。

まあ、これもよくある話。

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