夜の蝶Nの回顧録。(1)

前回、好評をいただいた「フィクションかもノンフィクションかもしれない話。」に続き新しいストーリーを書いてみたいと思います。

Nは私の遠い過去の私の分身とでも言っておきます。私はもう中年の女。こんな面白いお客さんもいたなって、思い出す時があるようです。

それでは、夜の裏の世界へあなたをご案内します。

夜の蝶の元へ今日も一人、若い男がやってきた。白ではないが、薄暗い店ではアイボリーの三揃いのスーツが異様に目立つ。年齢は20代・30代前半といったところだろうか。こんな若い男がなぜこんな高級店に出入りできるのか。しかも指名は毎回私だった。

私にとってはこんな若くて、しかも若い子にしては洒落た格好がよく似合っている、そんな子に毎回指名されるなんて光栄なことだったかもしれない。

彼はベッドに寝転んで、こんなことを言い出した。「現金一括でマンション買おうかと思う」「は?あはは。すごいこと言うね」「そうかな」そう彼は天井を見つめていた。「ねえ知ってる?マンションって、一括で買うよりも分割で買ったほうがお買い得なんだって」私は誰からか聞いたことを言ってみた。

でも、彼にしてみたら、お金があることを私に自慢したかったのかもしれない。余計なこと言ったかな。彼は黙って私を見ていた。そして急に私が手にしていたボディソープを見るなり「あ、自分だけ高いの使ってるの!?客は安物かよ」私はまた笑いながら「これ意外と安いんだよ。お客様用は結構高いんだから。自腹で買ってるんだからね」彼は眠そうだった。

三揃いのスーツがシワになるんじゃないかと気がかりだったが、相当疲れていたようだったのでそっとしてそのまま寝かせておいた。

ここは高級店だ。

若い子が出入りするのは珍しい。どう見ても年下で、少し生意気なところが可愛くもさえ思えた。他のお客様には敬語を使うが、彼だけにはタメ口だった。次から次へとやってくるお客を相手にしなければならない私にとって、ほんの安らぎだったかもしれない。

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