真面目とは、心がここにあるかどうか。

原稿を書いていてふと思い出した。「真面目ですね」と言われることがある。「真面目」と言ってもいろんな捉え方があると思うけれど、勉強がデキる人を真面目と言ったり、博識な人を真面目とか言ったり、誠実な性格の人のことも「真面目」で括って言ったりする。一体わたしのどこが「真面目」なのだろうか。

わたしを知っている人は、おそらく真面目なんて思わないと思う。え、真面目とは違うんじゃない?って。自分でもそう思う。なぜなら勉強は嫌いだった。学生時代を振り返れば、中学生までだろうか、勉強が楽しいと感じてまともに勉強したのは。

もっとピアノの練習を真面目にしておけば良かったと思うし、中学の頃好きだった英語もその後も身につけておけば良かったと思う。性格を言えば、結構適当だったりするしなぁ……。

でもそんなわたしが病気になったことを考えれば、「適当」ではなく「真面目」だったのは納得できる。なぜなら「真面目」という字を見ると、「真っ正面」という言葉ととってみれる。つまり、わたしの性格は真っ正面からぶつかっていこうとしてしまう性格だったりする。避けることも必要であって、時には何かを手放すことも必要だし。多くのことに執着し生きてきてしまった。

そう考えれば、要領よく生きて来れなかったわたしがある意味「真面目」だということは納得できる。

そんなわたしがいま自分で確かにフィクションの世界でなく、なぜか人との接点が多くなるノンフィクションというジャンルを選んだ。というか、書いて誰かに伝えるための手段だったと言っていい。それも真面目というのかな?人生の中には、あえて避けていい道もある。

でもそんな自分を大切にすることも、他人に対して敬意を払えるかどうかなんじゃなかろうか。

ちょっと最後が尻切れトンボになった気がする。笑

「君は不器用 なんかじゃなくて こころがここに あるかどうか」

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